神楽坂若宮八幡神社|江戸の神楽坂の中心

神楽坂若宮八幡神社|江戸の神楽坂の中心

若宮神社の特徴

ポイント 神楽坂の中心
特集  –

鎌倉・鶴岡の若宮八幡宮を分社

文治5年に源頼朝が藤原泰衡を征伐するため発向しました。その時に若宮神社の場所で宿願しました。そして奥州平治の後、鎌倉・鶴岡の若宮八幡宮を分社し作られたと言われています。その後衰退する時期はあるものの、関東大震災までは境内は黒塀で囲まれ、とても広い敷地であったと言われています。

江戸時代の神楽坂の中心

今は善国寺が中心的な存在ですが、江戸時代は神楽坂の中心は若宮神社だったとも言われています。若宮神社の「神楽」の音が坂に響き渡っていたことから、「神楽坂」と言われるようになったと言われています。

 

若宮神社の詳細

名前  神楽坂若宮八幡宮神社
ジャンル  神社
御祭神  仁徳天皇(にんとくてんのう)、応神天皇(おうじんてんのう)
御由緒  文治5年(1189年)
住所  〒162-0827 東京都新宿区若宮町18

 

若宮神社へのアクセス